普遍的なテーマと鮮烈な演出…邦画史に残る革命的シリーズ
米国で「ゴッドファーザー」が生まれた1970年初頭。
新しい作風を求めていた菅原文太と、監督として作風を模索していた深作欣二、そして、美能幸三が獄中で書き上げた「広島抗争」の生々しい手記。この三者が出会い、「仁義なき戦い」は生まれた。
第1作目は菅原を不動のスターに押し上げるとともに、激しい暴力描写とほとばしるようなカタルシスが印象的な深作作品の個性を確立。同時に、様式美に満ちた「古き良き任俠映画」に真っ向から対抗。組織内の裏切りや暴力の連鎖を生々しく描き、「実録路線」として邦画史に名を残すことになる。
描かれるのは戦後まもなく、すべてを失った広島。生きていくために裏社会に入った若者たちの、血に彩られた18年間。時代に、権力に、そして社会に振り回される彼らの苦しみは普遍的で、世代を超えた共感を呼ぶ。

仁義なき戦い(1973年)

実際にあった「広島抗争」を経験した元組長・美能幸三の獄中記をベースにした、広島ヤクザの若者たちの生き様。菅原が原作に、深作が脚本に惚れ込み、映画化を熱望した。菅原の男ぶりと深作の荒ぶる演出は必見!

仁義なき戦い 広島死闘篇(1973年)

群像劇だった1作目に対し、男と男の戦いを描いた第2作目。北大路欣也演じる特攻隊の生き残りと、千葉真一演じる現代派ヤクザ、ともに時代の申し子といえるふたりの対峙は、当時における戦中派と戦後派の確執を映す鏡でもあった。

仁義なき戦い 代理戦争(1973年)

第2作ではふたりの男の戦いが描かれたため、厳密な意味で第1作からつながる菅原主演のストーリーは本作。本来は最終話の予定だったが、原作の物語の濃さや第1作の大ヒットを受けて、「代理戦争」「頂上作戦」に分割された。

仁義なき戦い 頂上作戦(1974年)

1963年。高度経済成長と、人々の価値観の変化。変わりゆく時代の中で迎える、切ないラスト。18年間に渡る広島抗争を舞台とした若者たちの群像劇は本作で描き切られている。脚本家の笠原和夫は、本作をもって降板。

仁義なき戦い 完結篇(1974年)

本シリーズのあまりの人気を受けて制作された「完結編」は、ファンの熱狂を受けて、シリーズ最高の観客動員数を記録。興行面で華々しいラストを飾った。前作まで担当していた笠原和夫の依頼を受けて、脚本は高田宏治が手掛けた。

「忠義・忠誠」の価値観と、着流しに入れ墨といったアイコン的ビジュアル。様式美で一世を風靡した「任俠映画」も、時代の流れとともに飽和状態に。任俠映画の聖地・東映京都太秦撮影所は、それに代わる新機軸を探していた。
そんな時、目に留まったのが、「現代ヤクザ 人斬り与太」でコンビを組んだ菅原文太と深作欣二監督。東映はふたりの可能性に賭けて太秦に招へい。その結果、ふたりは歴史的傑作「仁義なき戦い」を生み出すことに。

少年院あがりの一匹狼が、権力を握るヤクザ組織に対抗して暴れまくる。

スタイルの良さが災いして和服の着流しが似合わず、任俠映画全盛期はくすぶっていた菅原文太。旧来の「任俠の世界」が低迷の兆しを見せ始めたことを背景に、少しずつ現代性を打ち出してきた本シリーズでは、それまでマイナスポイントだった西洋的な雰囲気が逆にニヒルな男らしさを醸し出し、奏功。それまでの鬱憤を晴らすかのような荒々しいバイオレンスシーンも見事だ。

  • 必見! 現代やくざ 人斬り与太(1972年)
  • 菅原文太と深作欣二監督の初タッグ作品。本作の成功が「仁義なき戦い」へとつながっていく。

  • 現代やくざ 与太者の掟(1969年)
  • 現代やくざ 与太者仁義(1969年)
  • 現代やくざ 盃返します(1971年)
  • 現代やくざ 血桜三兄弟(1971年)

旧来の「任俠映画」にコメディ要素を加えた、新テイストのバディー・ムービー。

特筆すべきは、主人公ふたりのキャラクター。それまでは「義理人情」「仇討ち」など組織ありきの展開が多かったヤクザ映画の流れに対抗し、主人公は特定の組織に属さない、しかも社会的に最下層の“チンピラ”二人組。彼らが悪人相手に大活躍する痛快さが、見る者の心を掴む。

  • 必見! まむしの兄弟 恐喝三億円(1973年)
  • タイトルは、1968年に発生、75年に時効が成立した「三億円事件」にちなんだもの。この時代の作品には内容にかかわらず「三億円」というキーワードが多い。

  • 懲役太郎 まむしの兄弟(1971年)
  • まむしの兄弟 お礼参り(1971年)
  • まむしの兄弟 懲役十三回(1972年)
  • まむしの兄弟 傷害恐喝十八犯(1972年)
  • まむしの兄弟 刑務所暮らし四年半(1973年)
  • まむしの兄弟 二人あわせて30犯(1974年)

義理人情と縄張り争い。テキヤ稼業を描いた異色任俠映画

縁日のあるところにテキヤあり。テキヤのあるところに任俠道あり。旧来のヤクザ映画のテイストを色濃く残しつつ、菅原文太の「粋と意気」が遺憾なく発揮された異色の任俠シリーズだ。

  • 関東テキヤ一家(1969年)
  • 関東テキヤ一家 喧嘩仁義(1970年)
  • 関東テキヤ一家 天王寺の決斗(1970年)
  • 関東テキヤ一家 喧嘩火祭り(1971年)
  • 関東テキヤ一家 浅草の代紋(1971年)

菅原自ら熱望して主演した「仁義なき戦い」。圧倒的な人気により、続編、リブート版と続くが、その間も時代は変化しつつあった。敗戦のショックから高度経済成長により自信を取り戻した70年代の日本は、渥美清主演の「男はつらいよ」シリーズが大ヒットするなど、明るさと笑いを求めた。また、菅原自身も変化を渇望した。
やがて彼は同い年でかねてからの友人だった鈴木則文監督と組み、シリアスで暴力的なイメージからの脱却を図る。

威勢のいいトラック運転手ふたり組による大衆活劇が社会現象に!

菅原文太と愛川欽也という顔合わせの新鮮さ、アクション・お色気・笑いの三拍子揃った絶妙なバランス、そして、当時まだ珍しかった「デコトラ」(煌びやかに装飾された長距離トラック)をフィーチャーした華やかさで大ヒット、社会現象に。 夏休み・正月映画としての側面、そしてご当地ロードムービーとしての側面も強く、盆暮れのたびに全国各地で熱狂的に受け入れられた。また、菅原演じる桃次郎の「惚れた女にはからっきし」なキャラクターが男女問わず愛された。

  • 必見! トラック野郎 男一匹桃次郎(1977年)
  • 毎回フレッシュな女優や歌手がヒロインを務めた本シリーズ。中でも本作は、夏目雅子が大抜擢された。彼女の初の本格的映画出演作としても押さえておきたい。

  • トラック野郎 御意見無用(1975年)
  • トラック野郎 爆走一番星(1975年)
  • トラック野郎 望郷一番星(1976年)
  • トラック野郎 天下御免(1976年)
  • トラック野郎 度胸一番星(1977年)
  • トラック野郎 突撃一番星(1978年)
  • トラック野郎 一番星北へ帰る(1978年)
  • トラック野郎 熱風5000キロ(1979年)
  • トラック野郎 故郷特急便(1979年)
  • 彼の死去のニュースで、実際の彼は広島ではなく宮城県・仙台出身であることを知った、という人も多いかもしれない。作品を見たことがない人でさえ、無意識にその役柄を彼自身に投影してしまうほどの強烈なキャラクター性を持っていた俳優、菅原文太。
  • 元新聞記者で洋画や詩を生業にする父のもとに生まれた菅原。早稲田大学時代、彼が初めてこなした仕事は、意外にも画家・中原淳一のモデル。その後、劇団四季の一期生となり、ファッションモデルを経て、スカウトされ新東宝に入社、映画俳優の道に進む。長身で現代的、新しいタイプの二枚目俳優4人組「ハンサムタワーズ」の一員として売り出されるが、ほどなくして新東宝は経営難に陥る。この頃の労使交渉で、彼は交渉役として先陣に立っていたという。しかし、新東宝は結局、倒産してしまう。
  • 松竹を経て、東映に移籍。松竹はメロドラマやホームドラマ、東映は任俠画の全盛期。当初、ハンサムで西洋的な風貌の若い彼にセリフのある役が付くことはほとんどなかったという。しかし、そんななかでも自ら知人や関係者に売り込みをしながら演技力に磨きをかけていった。それが徐々に認められ、ついに1969年、東映の任俠映画「現代やくざ」「関東テキヤ一家」の2シリーズで主演を果たす。
  • キャリアの波に乗りはじめた菅原。おりしも時代は、高度経済成長により日本が生まれ変わろうとしていた60年代後半。世の中には「何か新しいもの」へのニーズが生まれていた。その流れの中、菅原と深作欣二が出会い、傑作「仁義なき戦い」が生まれたのである。そして、その成功が「トラック野郎」をはじめとするその後の菅原の活躍につながっていったのである。この時、菅原はすでに40歳になっていた。
  • 深みと渋味をたたえた、菅原の演技。それは、紆余曲折の役者人生から彼が得た人間的魅力を映し出すものだと言えそうだ。
  • (文・編集部)

© 東映

菅原文太が代表を務めた竜土自然農園おひさまファームの「おしかえなすって 八味とうがらし」、「『仁義なき戦い』蒔絵シール」(東映ビデオ株式会社)をセットにして、抽選で5名様にプレゼント!
八味とうがらしは農薬を使わず栽培した唐辛子を使用したこだわりの味。パッケージイラストは大人気漫画家・尾田栄一郎氏。シールは、「仁義なきたたかい」の40周年を記念して作られた、立体感が魅力の逸品。
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